【労働】派遣労働者 描けぬ未来 「雇用改善」は遠い国のこと / 高校でいじめ、中退し職を転々...収入は十六万円ほどで生活はギリギリ

8pt   2017-10-18 00:00
にゅーすまとめ

1: 2017/10/17(火) 15:39:52.07 2017年10月17日 14時01分

 大晦日(おおみそか)の東京・日比谷公園に「年越し派遣村」が設けられ、「派遣切り」で住まいを失った人が寝場所を求めて続々と集まったのは九年前。衆院選で安倍晋三首相は雇用の改善を強調するが、不安定な非正規雇用の割合は高止まりしたままだ。東京湾岸一帯の倉庫や工場で働く非正規労働者からは、将来を描けない不安の声が漏れた。 (中沢誠、写真も)

 東京湾岸から近い千葉県船橋市の西船橋駅周辺は、派遣会社の営業所が目立つ。駅南口の通りは午前七時すぎになると、送迎バスを待つ労働者が列をなす。

 仕事を終えた人たちで再び喧噪(けんそう)が始まる午後六時。バスから降りてきた三浦昭寛さん(38)=神奈川県座間市=に声を掛けた。

 日給七千円。この日はレーンを流れるペットボトルや生活用品を商品ごとに振り分ける作業だった。「六千八百円の原付免許の更新料を払わないといけなくて…」。普段は派遣で週五日、神奈川県内の倉庫で携帯電話の部品の仕分けをしているが、給料日は一週間先。蓄えもなく、派遣会社に日雇いバイトの仕事を紹介してもらった。

 高校でいじめを受け、中退してから職を転々としてきた。「四、五年前に比べれば、時給は百円ほど上がったかな」。月の収入は十六万円ほどで生活はギリギリだ。

 人手不足なんだろうな、とは思う。別の派遣会社からは一週間を置かずに「働きませんか」と連絡が入る。外国人も増えてきた。それでも非正規から抜け出せない。

 三年近く付き合っている彼女との結婚を考え、昨秋、正社員の仕事を探した。飲食店や電機メーカーなど、六社の面接を受けたが、いずれも不採用。「企業は必要なときに安く働かせられる人がほしいだけ」と思い知らされた。

 非正規労働者が雇用の調整弁という状況は、今も変わらない。有効求人倍率一・五倍、戦後二番目の景気拡大…。与党の訴えもどこか遠い国のことのように感じるが、衆院選の投票には行くつもりだ。

 「すぐに金がほしいから」と話す男性(22)は、日雇いで働くようになって二年。衆院選投票日の翌日に誕生日を迎える。「同じ職場で働く四十、五十代を見ると、いつか自分も、と将来に不安は感じる。でも、今必要なのは明日を生きる金」。政治には期待しない。

 人通りが減った夜の八時前、男性が湾岸行きのバスを待っていた。六十四歳。十年前にリストラに遭った。再就職はかなわず、派遣で物流倉庫の夜勤を続ける。

 年金は月五万円にも満たない。重さ二十キロを超える家電製品を運ぶこともあり、「体中ガタガタだけど、生きるためには仕方がない」。いつまでこのまま働き続けるのか。見えない明日を憂い、つぶやいた。

 「今のままでは何も変わらない。どんなかたちでもいい、政治に変化を求めたい。選挙には行く」。この日も、朝五時までの作業が待っている。

<非正規労働者> 1999年の労働者派遣法改正で建設業や警備業など5業種を除くほぼ全業種が対象となり、派遣労働が広がった。2004年には5業種のうち製造業が派遣可能になった。リーマン・ショック後、不況で派遣労働者の契約を打ち切る「派遣切り」が相次ぎ、社会問題となった。その後も非正規労働者は増加し、06年の1678万人から16年は2023万人に。厚生労働省の調査によると、このうち希望しても正社員になれない人の割合は15・6%を占める。

(東京新聞)

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